卒業生の声 北澤 七海さん
Graduate's Voice
楽しみながら頑張れた在学時今もその思いを胸に働き方の多様化を示す
キッチンカー「makana」
代表
北澤 七海さん
調理ハイテクニカル経営学科(昼2年)/2019年卒業
高校生のときに調理する喜びに目覚め、服部栄養専門学校調理ハイテクニカル経営学科に入学。在学中はグルメピックに出場するなど多くの経験を得る。卒業後は有名ホテルの飲食部に勤務。その後、クレープ店のオープニングスタッフや支庁食堂での勤務経験を経て、2022年にキッチンカーを開業する。現在は都内近郊を中心にさまざまなイベントなどに出店する多忙な日々を送っている。
後輩たちの喜んだ顔が
調理の道へのきっかけ
調理の道に進路を決めた理由は?
中学、高校生の頃は部活漬けの日々でした。特に、高校は強豪校で全国から強い選手が集まってくる学校で、朝早くから夜遅くまでずっと練習をしていました。そのように多くのカロリーを消費する生活を送るなか、食事の時間は楽しみでおいしい食事のおかげで身も心も元気になれていたように思います。ただ、その頃は食べることに興味はあっても、調理を自身の進路にしようとは考えてもいませんでした。
それが高校3年生になって部活を引退し、本格的に進路と向き合わなければならなくなったとき、ある経験を通して一気に調理の道に傾くことになったのです。
部活の仲間には寮生活する人もいました。彼女たちは基本的に自炊していますが、引退した先輩が食事をつくりにいくという伝統がありました。私もその慣習にしたがって、カレーやピーマンの肉詰めなど簡単な家庭料理をつくりにいったのですが、疲れて帰ってきた後輩たちがおいしそうに喜んで食べてくれました。そのとき、調理することでも心を動かされることを知り、それを仕事とすることを本気で考えはじめたのです。
同じ部活仲間だった同級生も服部栄養専門学校に入学したのですが、彼女も同じような気持ちだったのではないでしょうか。
オープンキャンパスで見た
在校生の姿が入学の決め手
多くの学校があるなかで、服部栄養専門学校を選んだ決め手は?
ずばり、決め手となったのはオープンキャンパスでした。
オープンキャンパスで学校に訪れたときに、あらゆるところからあいさつが飛び交っていて圧倒されると同時に活気のある印象を受けました。そして、その印象から外れることなく、先生たちも親しみやすそうでした。そんななかで最大の決め手となったのは、在学生たちが楽しそうに手伝っていた姿でした。それを見て、「ここに入りたい」と思うようになりました。
その後に他校のオープンキャンパスにも行きましたが、服部栄養専門学校の印象が強すぎたようでした。結局、楽しそうだった服部の印象を上回るところは、ひとつもありませんでした。また、就職後に他校出身の同僚たちとも話したことがあるのですが、学校内の雰囲気は服部栄養専門学校が一番という話になったことがあります。
先生は1人ひとりに親身
卒業後にも相談できる
実際に入学した印象は?
オープンキャンパスで抱いた印象は入学しても変わることがなく、毎日が楽しくあっという間の2年間でした。
木下雄介先生が担任だったのですが、1人ひとりに対して本当に親身になって接してくれました。いい意味でフランクなので、おそらく他校と比べると先生との距離が近いのではないかと感じています。
在学中もたくさん相談に乗ってもらいましたが、卒業後も相談することがあります。卒業後はホテルの飲食部に就職したのですが、そこを辞めるときにも連絡しましたし、キッチンカー事業を始めようと思ったときも相談しました。振り返ると、人生の岐路に立つたびに相談に乗ってもらっているかもしれません。実は、相談事がなくても連絡することもありますが、今でも在学時と変わらずに接してもらっています。
「在学中に最も頑張った」
グルメピック出場が自信に
在学中の思い出となった出来事とは?
私の在学中には体育祭があったのですが、その体育祭や学園祭といったイベント事では先生も巻き込み、みんなで一丸となって一生懸命に取り組み夢中になりました。そういった1つひとつが楽しく、いい思い出になっています。
そのなかでもグルメピックで全国大会に出場した出来事は外せない思い出です。全国の調理師学校に通う学生が調理技術を競う大会なのですが、在学中に最も頑張った時期といえるかもしれません。
在学中のアルバイト先に卒業生の先輩がいて、そのレストランでもすごく活躍していたので、カッコいいとあこがれていました。聞くと、その先輩にはグルメピック出場経験があり、それで「私も出たい」と思い立ったのです。
とはいえ、希望すれば出られるという簡単なものではありません。まずは学内で選ばれる必要がありますし、全国へ行くには地区大会を勝ち上がらなければならないのです。それらに勝ち上がるため、とにかく練習しました。アルバイトをしている時間もほんとんどなく、先生たちには居残り練習にも付き合ってもらいました。本当に在学中で最も頑張った時期で、ここまでやれたということが自信につながっています。私は西洋料理部門で出場することができ、結果的に全国大会まで出場することができました。思い返すと、そのときの努力が今に役立っていると強く感じます。
キッチンカーでの開業
接する人から力をもらえる
卒業後は?
卒業後はホテルの飲食部に就職しましたが、私には合わずに辞めることになりました。その後はクレープ店や支庁食堂に勤務しましたが、そもそも独立したいという夢があったのでそれに向かって進もうと決意しました。
当時はコロナ禍の真っ只中で固定店舗が次々と休業・廃業しているときでした。そんななかでもキッチンカーであれば自ら人のいるところへ行けるし、初期費用も抑えられるということを知り、クラウドファンディングで資金調達して開業することができました。
キッチンカーはお客さんとの距離が近いことが特徴で、コミュニケーションは必至です。私は人と接することが好きなので、キッチンカーでいろいろなところへ出店するという働き方を気に入っています。音楽イベントやスポーツイベントなどに出店したときは、ライブや試合を見せてもらったこともあり、キッチンカーの思いがけぬ利点だと感じました。
さらに、この間は学園祭に出店させてもらえ、こんな形で学校に帰ってくるとは在学当時には思ってもいませんでした。久々の学校は当時と変わらずみんなが楽しそうに過ごしていて、その姿から私もパワーをもらうことができました。
自分色に合わせられる
キッチンカーでの営業
キッチンカーでの開業後は?
キッチンカーを開業して2年経過しましたが、多いときは休みなく毎日稼働しているときもありますし、少ないときはほぼ土日のみで月の半分程度しか稼働しないこともあります。その他の日は仕込みをすることもありますが、次の出店場所を探したり、出店のために必要な書類を準備したりと、事務作業に追われています。
出店場所やメニューを絞って営業するスタイルもあれば、場所や季節などの条件に合わせてさまざまなメニューを用意するスタイルもあります。それにキッチンカーは通常の固定店舗に比べると狭いので、どうしても器材や食材が限られてしまいます。そういった限られる環境のなかで、自分に合ったスタイルと折り合いをつけながらうまくやりくりするには工夫が必要になると思います。
それに、どうしても売上が天候条件に左右されてしまいます。その他にも外での営業になるので、衛生面には必要以上に気を配りますし、出店料やガソリン代といったコスト面でも悩みは多いです。ですが、試行錯誤しながらそういったことを解決して成功させられることに喜びを感じています。
飲食業の働き方も多様化
頑張れる場所は必ずある
現在の後輩、未来の後輩たちへのアドバイスは?
在学生や今後後輩になる人たちへアドバイスするのもおこがましいのですが、ひとついえるのは飲食業の働き方も多様化が進んでいるということです。自分が頑張れる職場や働き方は必ずあると思います。その一例として、キッチンカーでの開業も挙げられます。それを学園祭を通して示せたことは、よかったと感じています。