卒業生の声 岡田 康平さん

Graduate's Voice

名店の伝統に、自分らしさを。一つの店にじっくりと腰を据え店も料理も、丁寧に作る

正月屋 𠮷兆
料理長
岡田 康平さん

調理師本科(昼1年)/1992年3月卒業

岡田 康平さん

1972年、神奈川県生まれ。服部栄養専門学校の調理師本科で日本料理に魅せられ、卒業後の1992年に〈東京𠮷兆〉入社。伊勢丹新宿本店の〈正月屋𠮷兆〉で研鑽を積む。2018年より料理長。いまの時代に合った働き方で老舗の伝統を受け継いでいる。

1930年に大阪・新町で湯木貞一氏が創業し、100年近い歴史をもつ日本料理店「𠮷兆」。その流れを汲む「正月屋 𠮷兆」は「東京𠮷兆」の支店として1989年に誕生した。正月屋とは、湯木貞一氏の先祖がかつて広島で営んでいた廻船問屋の屋号にちなむ名称。料理長の岡田康平さんは19歳で同店の暖簾をくぐり、以来この店一筋で歩んできた。

𠮷兆では創業者の考えを受け継ぎながらも、店独自で献立や料理を発展させているという。「敷居が高いと言われますが、正月屋は𠮷兆の懐石料理の真髄を気軽に楽しんでいただける店」と岡田さん。伊勢丹新宿店の賑わいから切り離された静かな店内で、昼夜共通のおまかせ懐石コース「祇園」をはじめ、季節の御膳、和牛サーロイン膳、和牛しぐれ膳、ばらちらし膳、好きなものを選んで組み合わせるお好み懐石などをいただける。最近は若い外国人旅行者の姿も増えてきたと岡田さん。日本料理は季節を舌で、目で味わうもの。コースでは料理はもちろん器もすべて月替り、店内の絵画も掛け替える。

「日本料理として守るべきものはあるが、自分がおいしいと思うものを作る。作品なんですよ。毎月来てくださる方のためにも、どこかに新しい料理を取り入れて、お出ししています」
例えば夏に旬を迎えるハモは白焼きが定番だが、薄く粉をつけて油で揚げ、醤油を垂らして焼いてみる。添えるのは梅胡椒と梅肉。ピリッとした刺激が新鮮に感じられる。炭火で焼いた子持ちアユにはたで酢ではなく山椒みぞれ酢を合わせる。おろし大根がバラけてしまいがちな子(卵子)に絡み、おいしくまとめてくれるそうだ。

服部で出合った日本料理がいまの自分の原点

「小学生の頃から、料理は好きでしたね。友達と集まってホットケーキや焼きそばを作って遊んでいました」という岡田さん。もともと手先が器用で、工作やもの作りが得意。料理もその延長だったそうだ。高校時代にはアルバイト先の居酒屋で包丁を握っていた。高校を卒業し、料理人になるため迷わず服部栄養専門学校の調理師本科(1年制)に入学。西洋料理や中国料理も学んだが、授業で一番おいしいと思ったのが、日本料理だったという。「服部で日本料理に出合い、進路を決めました。大事なことをたくさん習ったけれど、なぜか思い出すのは桂むきの練習です(笑)」

目指すなら一流のところへと、正月屋 𠮷兆を選んだ。当時、30人近くの料理人を抱えていた厨房は慌ただしく、先輩とぶつかり蹴とばされたことも。誰も教えてくれず、やりたい仕事をさせてもらうために、休み時間に「やらせてもらっていいですか」と魚をおろして腕を磨いた。今、厨房に入るのは7〜8人。職場環境もずいぶん変わった。コロナ禍を機にコース料理を一本に絞り、お膳を増やすなどの工夫も迫られた。働き方改革以降は料理人達を十分休ませるために、料理長自ら米を研ぎ、洗い物をする。かつての厳しい徒弟制度的なものはなくなったが、若い料理人が辞めなくなった。「皆が気持ちよく働けるのは、いいことじゃないですか。私は年々、体がしんどくなるけど」と岡田さんは笑う。朝早くから、伊勢丹新宿店の地下で販売する20種類近くの惣菜や弁当の仕込みにかかる。大変な仕事だが、労働時間を考えれば厨房には2、3人しか入れられない。「だから、うちの料理人は皆、手が早いです。仕事ができる」

料理長の役割は? と訊ねると「別にないです」とそっけない岡田さん。だが、料理人への信頼は言葉のはしばしに感じられる。
「物価高騰のなかで、今のところ値上げを一切せずに、おいしいものを品質を落とさず出せているのは、調理場の皆の努力のお蔭です」と話す。カマボコや海苔など一部の既製品は別だが、他は調味料もすべて店で手作りしているそうだ。なかでも料理長が自慢にしているのが、ガリ。簡単に作ろうと思えば、ショウガを切って湯がき、甘酢に漬ければできるが、正月屋のガリは違う。湯がく代わりにコロコロに切ったショウガを水、塩、酢に1ヶ月漬け、えぐみを取る。そうして甘酢に漬け込む。味わいがよくなるだけでなく、歯ごたえもしっかり。他の𠮷兆にもない逸品で、ガリを分けてほしいとお客様から言われることもあるそうだ。「日本料理の魅力は、やっぱり季節感、そして繊細さじゃないでしょうか。見た目だけでなく、ちょっとした食感も含めて手を抜くことはできない。料理人にも言うんです。『君達にとっては50人分の料理なのかもしれないけれど、お客様にとってはその一皿がすべてだから』と」

世界で注目される日本料理だが、背負って立とうという気負いは、岡田さんにはまったくない。何より料理が好きで、好きだから作る。休みの日は家で麻婆豆腐を作ったりする。特別な食材がなくても、あるものでいくらでもおいしい料理はできる、というのが岡田さんの矜持だ。「家では料理人だと思われていない(笑)。早く作れ、なんて家族から文句を言われることもありますよ」 ものを作ることが好きだった少年時代のときめきそのままに、今も料理という作品に思いを込める。

※料理王国「2024年10月号」に掲載された記事です。

正月屋 𠮷兆

𠮷兆の懐石料理の真髄を気軽に楽しんでいただける店

https://www.kitcho.com/tokyo/shougatuya_kitcho.php

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